「横山木彫所」工房訪問記
昭和初期から続く木彫職人とは?
現在は機械でもできる彫刻。しかし手彫りにこだわり手で作ることで生まれる雰囲気。
神戸洋家具には欠かすことのできないこの技術をぜひご覧ください。
彫刻家になると決めたきっかけ 父親の背中と婚礼ブーム
――こちらの工房はいつから始められたのでしょうか?
大正元年生まれの父親が18歳で始めました。場所はこの三宮界隈で最終的に今の場所に落ち着きました。私で2代目になります。
――横山さんは昔から職人を目指されていたのでしょうか。
昔はいわゆるホワイトカラー、サラリーマンに憧れていましたよ。
朝8時に出社して夕方5時には帰って土日休みというスタイルに。
父親の姿を小さい時から見ていましたから、自分は職人とは違う道にと考えていました。
――最終的になぜこの職人という道を選ばれたのですか?
そうですね。
昔は婚礼家具ブームで、家具職人や彫刻家の需要は大きかったこともありうちにも職人さんが3人ほどいたんですね。
僕は子どものときから父親の作業を見ていたこともあり、段取りがわかるので少しずつお手伝いをするようになりました。
その当時、職人さんのなかに親方と呼べるような段取りを組む方がおらず、いつの間にか自分が段取りや父親の考えをくみ取り指示を出すようになり……それがこの世界でのスタートになりますかね。
結婚やいろいろなことがあり独立を決心して、その結果、今に至ります。おかしな話ですね。懐かしい。
――その当時、木彫所はたくさんあったのでしょうか?
神戸市内にはこの工房を含めもう一軒ありました。
今ではここだけになってしまいました。
独立、そして困難。乗り越えた秘訣とは
――ご自身で工房を始めるようになって、初めはどのようなスタートでしたか?
最初の5年ほどは泣きましたね。
なかなか食べていくには厳しい時期でした。
収めた商品が手直しになることも多く、技術を高めることが求められました。
――技術を高めるために、何か取り組んだことはありますか?
ひたすら彫り続けました。
お金はいらないから手直しさせてくださいと頭を下げて、要望に合うレベルまで仕上げて収め直しをすることも。
そのうちに得意先の社長から「もっと値上げしていいレベルだよ」と言っていただき、技術の高さを認められ、初めて嬉し泣きしましたね。
そこからは納期と戦う日々でした。
奥が深い彫刻の世界
――彫刻の世界について教えてください。
例えば、欄間(らんま)を彫ったり、仏像を彫ったりすることは僕にはできません。
「彫刻」という範囲で同じに見え、基本的には同じような作業ですが、道具も技術もまったく違い、やはり各々のプロがいると思います。
うちは家具や内装の彫刻一本です。
欄間:日本の建築様式にみられる建具の一種。採光、通風、装飾といった目的のために天井と鴨居との間に設けられる開口部材。
――彫刻の中でもさまざまな分野で、プロがいるのですね!彫り師になるのは難しいですか?
そうですね。なかなか難しいかと。
後継者を育てることにも難しさを感じています。
やはり手が武器になるので器用であるに越したことはないのですが、情熱が大事ですかね。
彫刻家になりたい人の将来性は、初めてから3年見ればわかります。
何度か芸大生などが学びたいと来たこともありましたね。
――世間から求められる彫刻の良さとはなんだと思いますか?
いまはNCや機械があって、コンピューターで仕上げることができますよね。
ただみんな知っているんですよ。それは正確性はあっても味がないって。
だから彫り師が求められるのだと思います。
NC:マシン制御の木工ルーター。
――職人が作ったものと機械で作ったものではまったく違いますか?
一目でわかりますよ。
同じデザインのものを職人と機械が彫ったら味が違います。
職人によっても味の出し方が違いますからね。
工芸品といいますか、手作業だからこそ出せる良さがあります。
――具体的にはどのような部分が職人さんごとに異なりますか?
利き手とか、彫刻を彫る向きとか。
多分、大工さんや洋服屋さんも、手でのものづくり全般に言えると思います。
仕立と呼ばれる分野。それと同じで感覚でしょうね。
ちょっとした力でノミを入れるのか、ガンって入れるのか。
細かく奇麗に仕上げるのか、味があるようにダイナミックに仕上げるのかとかね。
――少しの変化が見た目の雰囲気にも影響するんですね
彫刻の面白さや味は、サンドペーパーを一切使わずノミとカンナだけで仕上げていくところだと思います。
ペーパーを使うと、せっかく出した線や角がなくなってしまいます。
ノミやカンナの跡が良さなのに、表面が均一になって良さが消えてしまう。
通常の木工や家具なら消す部分を残すことで風合いに見えるのが彫刻の醍醐味ですね。
彫刻の道具や手順を紹介
――彫刻に使う道具を紹介してもらえますか?
手元に置いているだけでもノミは20本ぐらいあります。
実際は100本以上あって、デザインや用途によって使い分けます。
作業はほとんどここの椅子の周りで行ない、ものによっては最初に糸鋸を使って次に小さいカンナを使っていきます。
このカンナは、買ってきたものを自分で改造することもあるんですよ。
――すごいですね!自己流にアレンジですか?
そうですね、難しい部分などの彫刻は本当に細かな仕事なので。
小さなノミもたくさんあります。
ノミの切れ味が悪いと作業にならないので、ノミを研ぐことは日課。
何十年と使っていると先がチビてくるんですよ。鉛筆のように短くなっているノミもあります。ノミを研ぐのも自分でしますし、短くなったら短くなったでまた活きる使い道があるんですよ。
チビる:短くなる
――彫刻を彫る手順など教えてください。
まず家具屋さんや設計事務所などのお客様からデザイン案が送られてきます。
そのデザイン案はあくまでも完成形なので、彫刻用の図面を作ります。
全体のルートを決め、次に丸や深さを決めていきます。
あとはさっき言ったように輪郭や味をどのように出すか。
叩き込みの強さや角度のこだわりなど、作品のイメージをどのように表現するかが職人の力量ですね。
この切り絵のような図面を、上からステンシルのように押さえて木材に下絵を写します。
この図面を作るのもなかなか大変なんですよ。
これで木材におおまかなデザインが描かれました。
これではまだ全体がぼんやりとしていて正確ではないので、ここから直接線を書き足していきます。
この黒色で描かれている部分が実際の彫刻でいうと谷になる部分。
掘っていくと黒い部分は削られてなくなりますが、山から谷へとどう彫るかも想像する必要があります。
――図面からそこまでイメージをするんですね!
そうですね。
送られてくるデザイン案にもいろいろあって、設計図面屋さんが書くような綺麗な線もあるし、フリーハンドでさっと書いてくる人もいます。
実はフリーハンドの方が線の強弱がわかりやすいので見やすかったりします。
その逆もあり、コンピューターの線はどれも繊細ですが強弱が伝わりにくくイメージが難しいこともあります。
そこから先ほどの切り絵のような設計図を作成しますから、経験が求められるとても大変な仕事です。
図面と下絵の時点で仕事としては8割完成です。
完成までのイメージができたあとは、その通りに手を進めていくだけです。
愛着の湧くものを届けたい理由
――いままでで思い出深い作品はありますか?
いろいろありましたが、バブル期は家具作りも華やかな時期でしたね。
洋箪笥や和箪笥、ドレッサーなど彫刻の需要も多く、とても忙しく楽しい時間でした。
――最後に記事を読んでくださった読者の方に一言お願いします。
家具だけに限らず、作った人の気持ちを分かって大事に使って欲しいですね。
服でも、なんでも、ひとつひとつ大事に使うとやっぱり愛着が出るから。
いまの時代、機械でたいていのものはできます。
でも、どこかで人の手がかかっているものは愛情を感じやすいと思うんですよ。
きっとそれが付加価値だと感じています。
ありがとうございました!