職人体験記

紆余曲折を経て婚礼家具から造作家具へ。職人を第一に考える工房『牧本木工所』

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「牧本木工所」工房訪問記

創業から70年と長い歴史を持つ『牧本木工所』
小さな工房から始まり、今ではとても大きな工房を持って家具製作をしています。
どんな仕事でも引き受けてしまうという是澤社長の考え方について、いろいろとお話を伺いました!

工房の始まり。婚礼家具から造作家具を始めた理由

ーーいつから始められた工房ですか?

祖父が始めた会社で、創業は昭和26年。来年で創業70年になります。僕の代で3代目です。

ーーとても長い歴史があるのですね。具体的にはどのような家具を作ってこられたのですか?

祖父の代は婚礼家具を中心に作っていました。
当時は洋服箪笥・整理箪笥・和箪笥・鏡台の四点セットが必ずと言っていいほど売れていた時代です。でも、やがて時代の変化で婚礼家具が売れなくなってしまったんです。
当社は婚礼家具一本でやってきたので「どうしようか」と。
いろいろ考え、現在は造作家具を中心にして製作しています。

ーーオーダーで造作家具を作られているのですか?

一般のお客様の別注家具や修理、他には幼稚園などで使える造作家具を作っています。
店舗什器などはほとんど携わっていません。

ーー幼稚園の家具とはどのようなものですか?

テーブルやロッカー、収納棚なども作ります。幼稚園などは造作で作らないとサイズ的にも使いにくいことが多いので最近は受注も増えています。

個人住宅の造作家具も多くなってきました。

ーー住宅の造作家具なども製作されているのですね。

住宅の造作もしています。
店舗什器などを製作しておらずコロナウイルスの影響があまりない幼稚園や一般住宅の造作をしてきたので、当社は昨年と比べても売り上げもほとんど変わらずやっていけています。
百貨店などを対象に什器製作をされている会社は、コロナウイルスの影響で大変だと聞いています。

ーーこの工房はとても大きいですね。この規模になるまでの過程を教えていただけますか?

最初は商店街の中で工房をスタートしたのでここよりも小さい場所でやっていました。
その後、38社くらいが集まって「木工センター」を立ち上げ、そこに祖父が誘われ現在の場所に工房を持ちました。
25年前に土地を売って木工センターは縮小することになりましたが、当社の工房規模は以前よりも大きい敷地でさせてもらっています。

辛かった時期からそれを乗り越えるまで。乗り切る方法は営業!?

ーー現在に至るまで辛いこともたくさんあったと思うのですが、何が一番辛かったのですか?

僕が入社したのは20年前。当時はまだ婚礼家具一本でやっており、全然売れなかった時期なんです。
入社してまずしたのがその辺の木を削って練習ですね。作る製品がないので、製品にも触れられず、練習するしかない状態でした。

ーー売れない時期というのは本当に辛いですよね。

当時、職人さんが5人ほどいましたが誰も作っていない状態で。
練習も「これ削っとき」って言われる程度で、たまに仕事が入ったら「これしといて」というような感じでした。
当時は「会社ってこんなもんのかな」と思い、3〜4年は研修という立場で何も考えずにいました。でも4年ほどして「これじゃダメだ」と思い、父親と相談して営業にでたんです。

ーー現状をどうにかしようとしたわけですね。

仕事を取ってきて自分で作りました。僕が取ってきた仕事が造作家具だったんです。
ここから造作家具が始まったのですが、職人たちは今までずっと婚礼家具を作ってきたので「造作家具なんてワシはやりたくない」と下に見るようになりました。
値段も安いですし、使う材料も全く違いますからね。

ーー今まで婚礼家具を作ってきたプライドがあるのでしょうね。

そうですね。
すべての職人が上司だったので、しょうがなく自分で見よう見まねで作り始めました。
その時は「勝手なことをして」と職人との確執もあり、最初は本当に辛かったです。
完全に孤立してしまって「もうやめよう」と思ったこともあります。

ーーその状態からどうやって職人さん達は造作家具を作るようになったのですか?

結局は、やってくれることはなかったんですよ。

ーーそうなんですか!?

だからひとりでやっていました。僕の下に入ってくる社員も、上司と僕の関係が全然築けていなかったので辞めてしまい、下も育たないという悪循環でした。
現在5人の職人がいますが、2人しかいない時期もありました。
その後、上の職人との喧嘩もあり、当時のすべての職人は辞めました。
6年前ほどからやっとやりやすくなって、今の形になっています。

また、一番辛かったのはリーマンショックの時でした。あの時は本当に仕事がなくなってしまって。造作家具の発注もなく、あっても値段の叩き合い。仕事を請けても赤字なんです。でも請けないといけない。支払いもままならず、すべてが上手くいきませんでした。

ーー婚礼から造作へと繋がったあとも仕事がなくなった中で、状況を打破するためにどんなことをされたのですか?

営業ですね。
さまざまな現場、外へ出て仕事を獲得するようになり、お客様と信頼関係を築けるようになりました。そこから仕事を紹介してくれることも多くなりました。
設計事務所に営業に行き設計事務所からご依頼いただくようになると、いろいろな工務店の方とも繋がっていきました。
設計事務所は家を建てる際に、多くの工務店とお付き合いがあるので、仕事を依頼してくれるようになるんです。「ここの設計事務所の家具を作ってるならうちもお願いします」と。

大小ありますが、僕ひとりが抱えている得意先は他より多いと思っています。
そうして年間通して仕事を獲得できるようになっていきました。

ーー諦めないで最後まで頑張った結果ですね!

職人としてだけではなく、営業で飛び込んで辛い時期から協力してやってこられているから、今に至るまでずっと仕事が継続しているのですね。

それは自分でも思っていますね。
年齢や僕のキャラもあり、得意先の方は話しやすいと言ってくださいます。
お話はなんでも聞きますし、年下の方のお話も聞きます。
一癖ある職人さんは、ややこしい仕事が入ってくると技術的な部分で「これはこうやから大変やねんぞ」「これは無理やわ」と、知識を出して自分のやりやすいようにしていこうとします。
でも設計事務所の方は、「形」だけなんです。技術的なことはわからないからしっかり形にできればいいので、納得してもらえる形を提供できるように心がけています。
「万全を期したけどこうなったか」と、もちろん失敗する時もあります。
ただそれに対して怒られるようなことはありません。まずしっかりやることが大事だと思っています。下請けの性みたいなものだと思いますね。

ーーすごいですね。柔軟に考えられる思考があるから今があるんですね。

牧本木工所のこだわり「お客様第一の精神」

ーー次に商品を作ることにおいてこだわりや商品の想いを教えていただけますか?

お客様が使いやすく、喜んでもらえるものを作る事を一番に心がけています。
ただ、設計事務所や工務店に納めるときは、お客様の顔が見えません。
見えないと「ちょっと手を抜こうかな」と考えてしまう人が多いなかで、僕は常に「絶対に手を抜いたらあかんよ」と言っています。
納品は基本的に僕が行って、商品チェックをします。
カットを間違えたとか怒ってもしょうがないと思っているので、普段、失敗しても僕は絶対に怒らないんです。ただ見えないところで手を抜いたのを見つけたら僕は怒ります。

ーー本当にお客様のことを第一に思っているからこそですね。

クオリティを保っていかないといつ切り捨てられるかわかりませんし、「こんな仕事をしているんだ」と思われてしまったら終わってしまいますから。

ーー次にデザイン的なこだわりを教えていただけますか?

弊社は請けたものを作っているので、デザインは基本的にやっていません。
ただ、製作の難しいものを提案されたときは、言われた通り作るのではなく、アドバイスとしてお伝えすることはあります。

ーー他の木工所と比べて、牧本木工所の強みはなんでしょうか?

強みは、まず短納期。そして難しいものでもできるだけ断らず請けることを心がけています。他には、造作をメインでやっている木工所は無垢を触れない所も多いのですが、弊社では無垢を触れます。ですから「無垢の仕事やってもらえないか」と木工所から依頼がくることもありますね。
入社してすぐというわけにはいきませんが、しっかり無垢の知識を教えていきます。

ーーいろいろな商品が作れるのは強みですね。

来年NC(マシン制御の木工ルーター)を入れるんですよ。
一階にNCを入れる予定があり、作業スペースを確保するために二階を増築します。

ーー木工所でNCを入れているところは本当に少ないですよね。

神戸では相当少ないと思います。
今以上にできることを増やし、人も増やして利益を出していけたらと思います。

ーー思い出に残っている実績などあったら教えていただけますか?

挙げればキリがないですが……強いて言うなら、以前とても難しいオーダー家具を請けたことがあって。
それは本当に大変でしたが、とてもやりがいのある仕事でした。

ーーどのくらい大変だったんでしょうか?

請けた時、さすがに「失敗したな」と思いました。依頼がきて誰もやりたがらないですから。
当時は父が社長だったのですが、見せたら「これは無理やろ」と。でも僕はその時すでに見積書を出していたんです。

ーーやるやらない以前にやる前提で話が進んでいたんですね。(笑)

そうなんです。(笑)
「もう作らなあかんねんけど、どないしたらええと思う」って。「いやこれは無理やろ!」って言いながら、自分で現物合わせしました。
図面通りの寸法とはいかなかったのですが、なんとか形になり満足してもらえました。
大変ですけど、面白いですし何より良い経験になります。

会社として一番大事にしていること

ーー会社のとして一番大事にしていることはなんでしょうか?

弊社では職人の事を一番大事に思っています。職人がいなければ何も作り出すことができません。ですから年齢に見合った報酬と福利厚生をしっかりと考えています。やはりこれが会社の機動力でもあり生産の要だと思っています。
木工所は、そのあたりがちゃんとできていないところが多いと思うんです。弊社では、職人のことを一番に考えてしっかりやっていると自信を持って言えますね。

ーー給料が少なくて諦めてしまう職人さんも多い中、しっかりやると決めて実行に移すことは本当にすごいことだと思います。
夢も広がるし、活性化にも繋がりますね。

一般の職人さんの基本給は、5、6年上がらないのが普通なんです。でも、それでは辞めてしまいますよね。それでは意味がないと思うんです。
しっかりとやってきたことを評価して、それに見合ったお給料を支払うことが、職人にとっても工房にとっても将来に繋がると思っています。

ーー工房の強みが「営業」や「給料などの福利厚生」というお話を初めて聞きました。
基本的なところから改善することで依頼もしやすく、より良い環境になっているのですね。

神戸洋家具の今、そして今後の展望

ーー次に神戸洋家具についてお聞きしてもよろしいでしょうか?

神戸洋家具は、明治に神戸が開港になった時、主にヨーロッパから移住してきた海外の方が持って来た家具を修理したのが始まり。修理から始まって日本向けにも作ったのが神戸洋家具なんですよ。

ーー神戸洋家具のスタートは修理から始まったのですね。

見た目は海外家具にそっくりですが、中は日本仕様で着物が入れられます。
木材も、もともとは楢材を使っているのを、桐材を使って機密性を高めています。
神戸洋家具は海外文化と日本文化の融合した家具なんです。

ーーデザインはどのように考えられているのですか?

基本的な構造はどこでもほとんど変わらないと思います。デザインは完全にオリジナルですね。
工房によって持ち味が全然違うので、オリジナリティ溢れる家具ができあがりますね。
弊社は縄目、彫刻もオリジナルを作っています。

ーーとても歴史がある家具文化だと思うのですが、神戸洋家具の現状を教えていただけますか?

現在、高級なクラシック家具が全国的に売れていないので、神戸洋家具も下火になってきています。
マンションや家に備え付けのクローゼットがあるので、家具を必要としない方が増えているのが原因のひとつでもあると思います。
このまま神戸洋家具文化をなくすのは簡単ですが、一度なくなってしまったら立ち上げることは不可能です。技術を継承する人もいなくなってしまいますし。
だから僕は知識と技術を残し、いつか洋家具を広めていけるようにしたいと思っています。

ーー継承、そして世の中に広めるために考えていらっしゃることはありますか?

今年ホームページをリニューアルするので、SNSやホームページに今以上に力を入れようと思っています。
現状、洋家具を第一線でやっていくことは難しいです。そこで、「洋家具を作っています」と発信して会社のPRと信用づくりになればと思っています。

ーー「できる」と発信することが大事ですものね。この細かい技術は本当にすごいです。

他社との違いはいろいろありますが、作りには自信と誇りを持っています。
使っている材料にもこだわっていますし、見えない後ろ部分も桐材を貼って化粧しています。この模様も一個一個手彫りです。
ボックスもオリジナルのホゾ加工をしており、その分手間はかかりますね。
簡略化している工房もありますが、僕はできる限りこだわって作りたいと思っています。

是澤社長から、読者の皆様へ一言

ーーありがとうございます。最後に記事を読んでくださった読者の方、若い職人さんに一言お願いします。

僕の会社は皆仲良く、家族みたいな環境でそれをすごく大事にしています。
面接でも「コミュニケーションが大事」だと言っています。
ですから一緒に仕事する仲間は皆とても仲が良い。それは、製品にも影響する、とても大切なことです。
仲が良いとクオリティも上がりますし、作業効率も上がります。結果的に売り上げも上がってくるんです。
話が逸れましたが、こういう仲間で作っている製品に自信があります。個人のお客様の依頼も受けつけていますので、お話ししながら楽しく家具を作っていけたらと思います。

是澤社長ありがとうございました!!

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