職人体験記

職人の技術を高め、次の世代の育成にも力を入れる『株式会社三上工作所』

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「株式会社 三上工作所」工房訪問記

1942年に創業、もうすぐ80年になる『株式会社三上工作所』
阪神大震災を乗り越え、どのように成長し、現在に至るのか。
坂井社長にお話を伺いました!

会社の成り立ちと技能グランプリ「金賞」

ーーいつから始められた会社なのでしょうか?

広島県出身の初代社長三上一夫が、神戸の地で洋家具の先駆者である真木製作所で学び、独立し1942年(昭和17年)に創業しました。
現在79年目になります。

ーーどのような仕事から始まった会社なのですか?

神戸ということもあり、初めは船舶装備などの仕事を請け負っていて、そのうちに外国の方が使用する家具の修理などをするようになり現在の家具製作に至ります。
別注家具や婚礼家具、食堂セット、応接セットなどを多く扱っていました。

ーー船舶の仕事から家具の修理、製作となっていったのですね。
現在はどのような家具を作っていらっしゃるのですか?

今は以前のように別注の置き家具の注文は減ってきていますが、個人の居宅造作家具や商業施設でのカウンターなど、一点物の技術を必要とされる家具の受注を引き続きいただいております。

ーーさまざまな分野の家具を作られているのですね。その中で一番力を入れていることを教えていただけますか?

職人の技術です。まずは技術を磨かないと工場としての魅力がないと思っています。
手作り家具の製作、クオリティの高い家具を提供するにはしっかりとした技術がとても大事になってきます。

現在13名の家具職人が在籍しています。
2年に1回開催される「技能グランプリ」という熟練技能士たちが年齢に関係なく技能の日本一を競い合う大会で、過去に厚生労働大臣賞、金賞を2度(2名)、銀賞を3度(3名)受賞しました。

ーー本当に技術の高い職人さんが多いのですね。

「技術を磨く」といっても難しい面もあり、しっかり自分で考えて覚えていかないと技術は身につきません。
昔みたいに「見て盗みなさい」とはいきませんので、時代に合わせて先輩が教えていく環境が大事です。

阪神大震災を乗り切り新たなスタートを切る「株式会社三上工作所」

ーー会社として長い歴史があると思うのですが、その中で辛かったことを教えていただけますか?

私は入社して42年ほどになりますが、一番辛かったのは阪神大震災の時です。
元町に事務所があり、少し離れて三宮に工場があったんです。
工場近くに倉庫があったのですが、地震で倉庫が道路を塞ぐように全壊してしまいました。

ーー本当に辛い瞬間ですね。

ただそんな大地震の中でも、驚いたことに堅牢に作られた家具はしっかり壊れずに残っていました。
元町の近くにあった自社ビルを地震後に見に行った際、ひしゃげて扉も開かずガラスを破って入ったビルの中で、ですよ。

ーーすごいですね!高い技術で作られた家具は地震にも耐えうるのですね。
地震後はとても大変だったと思うのですが、どのように会社を立て直されたのですか?

震災以前は営業所と工作部は離れたところにありましたが、社員一丸となってものづくりをしていくためには営業所と工作部を近くにと思っていたところ、震災をきっかけに倒壊した倉庫の場所に新社屋(営業部と倉庫)を新築しました。
ピンチをチャンスに変え新しい「株式会社三上工作所」のスタートとなりました。
現在は次のステップとして2016年12月より、今のポートアイランドの地でより充実した環境の中、家具の制作に励んでいます。

「株式会社三上工作所」の強み、そして家具に対する想いとは

ーーさまざまな経験を経て現在があると思うのですが、その中で他の木工所との違いや強みを教えていただけますか?

若い職人からベテランの職人まで高い技術を持った職人を抱えていることだと思います。
職人を育て、抱えるということはとても大事なことで、そうすることでこの先何年経っても新しい職人が力をつけて次の世代の「株式会社三上工作所」を背負っていけると考えています。

ーー今の職人さんがしっかり技術を教えることで新しく入社する職人さんも安定して技術を高めていけるのですね。

ーー職人さんの技術があるからこそ作れる家具があると思うのですが、家具に対する「想い」や「こだわり」を教えていただけますか?

まずはお客様の要望を的確にとらえることです。最後に「よかった」とお言葉をいただくのが一番嬉しいですね。
そして、長く愛用していただく事です。
私が入社した頃、お子さま用の本棚と机と椅子を作ったことがありました。その家具は「孫ができたから」とそのお客様のお孫さんに今は使っていただいています。
化粧直しをしながらこうやって長く使っていただけると本当に嬉しいですね。

ーー高い技術で作られた本物だからこそ何十年も使い続けられる家具になるのですね。

神戸家具はみなそういう家具ばかりですよ。神戸にはそのような何世代も使えるしっかりとした家具を作っている会社、工房がたくさんあるんです。

ーー現在もそういった会社はあるのでしょうか?

昔よりも数は減っていますが、逆に今残っている会社は本当にしっかりとした良い家具を作ろうという想いが強い会社ばかりです。又、新しくオーダー家具を制作する会社、工房も増えています。

神戸洋家具について思うこと、今後どうなっていくのか

ーー神戸洋家具は海外のデザインを取り入れているところが最大の特徴だと思うのですが、現在の神戸洋家具についてはどう思われますか?

私が入社した昭和54年、神戸の名産には「真珠」「日本酒」「ファッション」「洋菓子」などがあり、その中に「家具」も入っていました。
その家具が名産から消えていっているのが現状だと思います。
私は今後、改めて神戸洋家具を売り出すチャンスを作りたいと思っています。
今回のように取材していただき、神戸洋家具のことを皆様に発信できるのは非常に嬉しいと思っています。

ーー僕も初めて神戸洋家具の文化や歴史に触れてとても興味が湧きました。今後、神戸洋家具はどのように変わっていくと思いますか?

神戸市の名産品のひとつとして数えられるように、そして「一番」と呼ばれるように頑張っていきたいですね。
日本だと洋家具は横浜も有名です。切磋琢磨して洋家具文化を有名にしたいですね。

最近、神戸人形(明治発祥の木製のからくり人形)が復活する話があります。
こうした動きも神戸全体として良いことだと思います。
やはり神戸という名前が一種のブランドになっていると思いますから。

ーー今まで製作されてきた物の中で思い出に残ってる実績などあれば教えていただけますか?

「この家具」というのは特にありません。
ただ、百貨店やホテルなど、皆様に見ていただける場所に作る家具も多いので、それらを見る折々に「ちゃんと無事に残っているな」「使っていただけているな」と非常に嬉しく思いますね。

ーーずっと使っていただけている家具を見ると感慨深いですね。

工場を副工場長にご紹介していただきました

ーー家具製作の流れなど見せていただけますか?

まず図面が回ってきて、使う部材、長さ、幅、厚みなどの数字を決めて製材していきます。

ーーいろいろな機械がありますね。作業工程によって機械を使い分けて製材していくのですね。

製材した材は奥でまとめて裁断してパーツにしていきます。そのパーツで骨組みを作っていきます。

場所によって作業が異なりますが、機械場と仕上げ場は分けています。基本的には最終の仕上げは仕上げ場で行うのですが家具が大きい場合はそのまま機械場で作業してしまうこともあります。

ーー作業場を分けている理由はあるのですか?

一番は作業効率ですね。
また、作業によっては埃が舞ってしまうので製品につかないようにと考えています。
糊を塗るような作業は、特にゴミや埃が舞ってしまうと製品のクオリティにも影響してしまいますから。

ーー作業場を分けることで、職人さんの仕事も分業されて効率よくされているのですか?

小さい製品はひとりで作ってしまいます。大きいものはチームを組んで、扉や引き出しなど分担して作業していく流れになります。

ーー職人さん個々の技術が高いからこそできることですね。仕上げ場ではどのようなことをされているのですか?

主に組み立てやペーパーがけなど表面の仕上げですね。
全体の流れとして、入り口から製材をして、奥で切った材をまとめて仕上げ場に持っていくのが基本になっています。

ーーとても綺麗な工場で驚きました。作業がスムーズに進むように計算された工場ですね。

整理整頓は常に心がけています。そして動線をしっかり作ることで出荷までがスムーズにできるようにしています。

坂井社長から、読者の皆様へ一言

ーー最後に記事を読んでくださる読者の方へ一言お願いします。

三上工作所の家具は、皆さんの生活の中にひっそりと優しくなじみ、家族の一員として使っていただけるものを目指して作っています。
さりげなくずっと横にいるような感じで、存在感を出さなくてもいいと思っているんです。
そういう家具を使って喜んでいただけたら一番嬉しいです。
「神戸洋家具」が生活に寄り添える家具であるように。
そんな家具との「距離感」を皆様に理解していただけたらと思います。

坂井社長ありがとうございました!

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