「高橋椅子製作所」店舗訪問記
オーダーメイド椅子を作ってみませんか?
座面の高さや奥行き、肘の高さから生地まで理想の座り心地とデザインを実現してくれます。
知る人ぞ知る、こだわりのオーダーメイド椅子の世界をご紹介します。
楽しいオーダーメイド家具の世界
ーーこちらはいつ頃から始められた工房なのでしょうか?
職人としては昭和34年からですね。この道60年になります。面白い仕事ですから飽きはきません。職人一筋です。
ーー具体的にどのようなことが面白いですか?
うちの工房は木製椅子の製作がメインです。
椅子といっても何千種類とあるので、同じ仕事がないところかな。オーダーメイドは、絶えず変わっていくので絶えず頭を使わないと。どんなに簡単なデザインでも、気を抜くと失敗することもあります。人も相手にするから余計に難しいです。
ーー毎回作る物が変わるから面白いのですね。確かにこれだけ型があったらさまざまな種類を作れるのでしょうね。
家具屋さんから注文が入って、担当の営業さんからお客様とのオーダーメイドの内容が送られてきて、そこから椅子の原寸を起こして…といった具合です。
夢を形にするマニアックな椅子の図面とは
ーーまずは図面を書いて原寸で起こし、そこから型を作っていく感じでしょうか。
この図面を原寸に直さないといけないんですが、これが難しい。ぐにゃぐにゃ歪んでるから原寸がなかったら型が切れないんですよ。
箱物の家具(サイドボード・キャビネット・シェルフ等)は、正面と上からの平面図と側面図があったら大体形は分かりますよね?
ーーそうですね、なんとなく分かると思います。
椅子も同じように正面と横から書いているのですが、結局立体で見えない線から見えない形が出てくるのでより複雑なんですよね。なので、3Dの図面を平面で作らないといけないということです。
これが椅子用の3D図面です。
平面に書いている3D図面のように、横と前からと上からみた平面図を同じ絵の中に書き込んであるんですよ。
ーーこの一枚に横、上、前からの図面が全て書き込んであるのですか?
そうですね。これは側面の線。そして、これが平面の線。で、これが後ろ脚ですね。
この肘がここまで来てますよね…という具合に、それを原寸でこの絵の中に反映して製図をしています。
ーー製図するだけでとても大変な作業ですね。どの面から書くのでしょうか?
側面のラインが一番出やすいので側面ですね。後ろ脚とか角度とかアールのラインを出すのに自分でも分かりやすいので側面から書いていきます。まずは基準を作ってそこから半分だけ作り全体をイメージできるようにします。
正面の半分があって、これが平面の台輪の部分ですね。このように細部まで図面に書き出してから椅子作りが始まります。
ーーこれは時間がかかりますね!プロでないとできないお仕事ですね!
そうですね。これができないと椅子職人にはなれないよってことです。
職人の極意「見て学ぶ精神」
ーー職人さんになる時に一番大変なことは、この製図を学び、正しく書き出すことではないですか?
いや、最初はなかなかここまで触らせてもらえないので、まずは椅子がどういう物か教えてもらうのが最初でしたね。訳の分からないままやり出しました。
ーーまさに「見て学べ」というようなことですか?
そうですね、その分わからないことはよく聞きました。これはどうやって作るのかと質問すると答えてくれて「こうしたらいい」「ああしたらいい」と言ってくれたので、普通の職人さんよりは早く覚えることができました。
まだまだ一人前の椅子職人にはなってないですけど、ここまで続けることができました。
ーーオーダーメイドの椅子作りを続けるなかで苦労したこともあるかと思います。
一番大変だと感じたものはなんでしょうか?
やはり製図や原寸起こしですね。自分が作った物を相手にどれだけ気に入ってもらえるかが大事ですから。
この製図や原寸起こしでどれだけ手間と労力がかかっても、お客様に「あかん、こんなん」と言われたら椅子職人として役割を果たせていないので。イメージをくみ取り再現すること、それが難しいんですよ。相手が考えることをこっちが先取りして考えていかないと。
ーーお客様が求めるものにどれだけ近づけて作るかは大事なことですよね。
理解できても実践するのは難しそうですね。
完成をイメージしていかないと図面は書けないんですよ。
ーー一人前になるのに長い年月がかかるなと思います。
ほんの微妙な違いで形は変わります。この脚の傾斜角度が違ったら背中の開き方が実は全く違うんですよ。椅子のサイズが違うのに、全部を同じ角度で持ってくると大変なことになるんです。奥さんの椅子は小さめなのでぴったりだけど、旦那さんの椅子にはサイズが合わずに不細工になるとか…。
ーーその人にあった椅子を作るために、デザインは一緒だけど細部を変えないといけないということですね?
そうそう。それを全部また原寸に起こさないといけない。
その人にあった家具を作ることだけではなくて、誰が使って何と一緒に置くのか、どういうふうに使うのかも合わせて考えていかないとならないのです。
椅子作りには欠かせない魔法の道具の秘密
ーーここにある三角形の木は何でしょうか?
これは『バカ』と呼んでいる木型です。
例えば一般的には差し金と二つで角度を取るんですけど、アールに対して背の部分の角度をこれで取る事ができます。
ひとつなにかするのにも角度を微調整しなくてはいけません。背もアームも脚も座面も角度をひとつずつ調整して修正が必要になります
線に見えてない部分というか、デザイン全体が頭に入っていないと作れません。
ーー職人としてデザイン的なこだわりなど、一番重きを置いているのは何ですか?
強いて言うならば、家具屋さんからいただいたイメージをどれだけ具現化できるかが僕らのこだわりです。
お客様が考えた物を僕らが作るのであって、こだわりはお客様のほうにあるんですよ。
家具屋の営業担当さんも、お客様の意見を取り入れながら実現可能なアイデアを練る。
そして、それが私たちの手元に届くわけですから、精一杯期待に応えたいと思います。
ーー自分たちの思いを入れるのではなくてお客様の思いを汲み取ってどれだけ喜んでもらえるかに自分たちの幸せがあるってことですね。
そうですね。本当に好きじゃないとできないと思います。そのくらいお客様のことを考えて椅子作りをしています。
ーー他の椅子屋さんにはないところなどがあれば教えてください。
兵庫県でここまでやれる椅子屋はないと思います。
例えば、膠(にかわ)などご存知ですか?
膠は動物の皮や骨などを原料として作られた接着剤で、主に漆器を塗るときに使われる特殊な接着剤です。
昔からの伝統的な技法なのですが、実は兵庫県は日本を代表する膠産地なんですよ。
革で有名な姫路や龍野の地域で作られています。
ーー膠初めて聞きました。膠を使用するメリットなどあるのでしょうか?
神戸洋家具はネジや金具を使用しません。
木工用の接着剤を一切使用せず、ホゾ組と呼ばれる製作方法と膠の接着のみで作っています。
椅子の構造上、ホゾ穴は全て部材の内側にあるため一般の木工用の接着剤だと乾燥が不十分になります。
その点、膠は温度で硬さが変化するので冷めるとすぐ固まるメリットがあります。
製作時は難しさもありますが、このポイントが実は重要なんです。
ーーこれも初耳でした!椅子職人はみんな出来る技術なんでしょうか?
正直難しいでしょう。
職人さんが歳をとって辞めていって、若い人が育つのも10年くらいかかるので。
職人になるにも、2年は経たないと機械を使わせてもらえません。
ーー始めてから2年間、機械を触ることもできないんですね。
削りなどの基礎的な部分を覚えるのにも5年くらいかかります。国家試験を受けるのにだいたい7年。2級を受けて、それから5年経って1級を受けることができます。
なので12,3年はかかりますね。それで一人前かといったら、そうでもない世界です。
オーダーあるある?難しい要望も乗りこえる職人の世界
ーー今までで大変だった思い出などはありますか?
ものづくりの工程のなかで番頭さんとの言い合いが思い出深いですね。ひとりはこうして欲しい、もうひとりはこうして欲しいって。「もっと倒して欲しい」「細い線出せ」「大きい線出せ」と、ひとりひとりの言うことが全く違うのでその辺が難しいですね。
※番頭さん:店の万事をとりしきる、頭(かしら)だった者。
ーー依頼する人がたくさんいた分の想いがあって形にしないといけないですもんね。
そうですね。納得してもらえるまでにいろいろな人に説明をして、納得してもらわなければいけないですしね。
ーー製作する上でデザイン的に難しい部分はどのような箇所でしょうか?
「デザインをスリムにすっきり見せたいので木部を細くしたい」という要望ですかね。椅子には強度がいるので、5センチあったものを2センチにすることはできないんですよね。
100キロの人も、10キロの子供も座ります。いろいろな方が座るので、それに対応するだけの強度が必要です。中には後ろ脚だけで立つ人など、座り方もさまざま。
それでも壊れない椅子を作らないといけないので、これ以上細くできないなとか、そのあたりの難しさがあります。
ーー椅子の曲線やライン出しなど、難しい部分も多くありそうです。
神戸洋家具の美しさは、全てカンナの削り出しによるものです。
椅子の曲線も細かい部分もこれらの小さいカンナを利用して作っていきます。
一脚の椅子に対して、何万回もカンナを掛けています。
ーーこんなに小さなカンナ初めて見ました。
そうでしょうね、私のオリジナルもあります。
職人の道具箱は作るものによってみんな違いがありますから面白いですよ。
だいたい30〜50種類ぐらいカンナがありますよ。
小さなカンナは細部の仕上げなど使う場所も重要なポイントがありますが、もう一つ軽いというメリットがあります。このおかげで体を壊すことなく何万回、何億回とカンナ削りを続けることができています。
記事を読んでくださった読者に一言
ーー最後に読者の方に一言いただけますか?オーダー家具を知らない人や、椅子専門のオーダー木工所がある事すら知らない人もいると思うので。
オーダーメイドの椅子はとても座り心地が良く、愛着が湧くかけがえのない家具です。あまり馴染みのない世界ですが、とても引き込まれるものがあると思います。
興味のある方はぜひ工房へ遊びに来てください。
ーーこれから職人を目指す人に向けてメッセージがあればお願いします。
家具のある部分だけとか、同じ物を作る人はたくさんいます。ただ、「何でもできる」という職人はこれから恐らく育たないと思いますね。それぐらい時間のかかる世界なので。
なかなか習得できない技術だからこそ、人一倍やりがいを感じる本当に楽しい仕事だと思います。一緒に頑張りましょう。
ありがとうございました!