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ペルシャ絨毯専門商社「ダラコレクション」オーナーのダラさんにインタビュー!あなたもきっと魅了される。はじめてのペルシャ絨毯講座。

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緻密な結びと美しいデザインで、世界中の人々を魅了し続けるペルシャ絨毯。
30年以上日本に暮らし、ペルシャ絨毯協同組合の理事長をされているダラさんに、誰もがペルシャ絨毯に興味が湧くようなお話をお伺いしました。

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まずはじめに、ペルシャ絨毯について教えてください。

ペルシャ絨毯は、イラン国内で制作されている手織りの絨毯を総称したものです。
各産地に歴史があり、産地ごとのデザインがあります。
ウールやシルクなどの素材を用いて、ひとつひとつ丁寧に結び上げる。
とても美しく緻密な絨毯です。
日本では、遊牧民の絨毯であるギャッベも広く知られていますね。
ペルシャ絨毯を知る上で、歴史や文化を理解することがペルシャ絨毯の魅力を感じる近道かもしれません。

イランの文化と歴史についてお話を聞かせてください。

イランの歴史はとても古く、約6,000年前からさまざまな記録が残っています。
有名なペルセポリスの遺跡は約2,500年前より現存するとされています。
いろいろな証拠があり、「誰がいつ王様だった」「何を作った」「どんなことがあった」などすべての記録が残っています。

日本との関わりはいかがでしょうか?

日本とイランの関係は、シルクロードの影響がとても大きかったと思っています。
約1300年前の奈良時代から、ペルシャ帝国と日本はさまざまな交流が始まり、お互いに影響を与えたのです。
日本はイランからさまざまなことを学び、イランも日本からいろいろなことを習いました。多様なものが日本からイランへ入ってきました。文化交流はOne-Wayではありません。

当時の交流を知る機会や場所などはありますか?

日本において綺麗な状態でその証を見ることができるのは、奈良の正倉院です。
ガラスの工芸品や絨毯など、多くのものが残されています。
当時のイラン人は、日本に来る時にその品々を持ってきて、お土産にしたり自分の生活用品にしたり、さらにはそれらを売って生活の足しにしたりしたらしいです。
ですから今でも綺麗に残っています。
アジアの一番東の日本と、一番西のイラン。
長い長い旅を、あの時代にたくさんの人々が歩いて交流したのです。


 

イランと日本の文化で似ていると感じる部分はありますか?

そうですね、遠い国ですが身近に感じます。
例えば、イランでも寒い時はこたつを使いますし、靴を脱いで家に上がることもあります。
今は欧米の文化が入っているから、少しずつ変わってきていますが。
布団も使っていました。夜は布団を敷いて眠り、朝には片づけました。日本と全く同じ文化です。
一つ日本と違うのは布団を片づける場所です。日本では押し入れに片付けますよね?
イランに押し入れはありません。大きな布の中に布団を包み入れて綺麗に片づけ、部屋の壁の方に置いていました。座るときは、それをクッションのように使っていたのです。
あとは銭湯ですね。お風呂。
私が幼少のときは、テヘランは今よりも結構雪が降りました。お風呂に入ると温かくて気持ち良かった。懐かしい思い出です。
本当にこまごまとしたことで日本とイランの文化は似ているところがあります。
だから私はいつも言っています。遠くて近く感じると。


 

ペルシャ絨毯の歴史についても教えてください。

ペルシャ絨毯の歴史もとても古く、3,200~300年前の絨毯がそのままで残っています。
ペルシャ絨毯の特徴は、「売ることを考えず自分のために作ったものだった」ということです。イランの国民は昔から、自分で使いたかったからペルシャ絨毯を作ったのです。
現在のような輸出用の品物ではありませんでした。
国内では売り買いしていましたが、輸出品になったのは近年の話です。

ヨーロッパのいろいろなディーラー達、ビジネスマン達がイランに来て「こんなに素晴らしいものがある」とヨーロッパへ買って帰りました。そしてペルシャ絨毯を見た多くのヨーロッパの人々が興味を持ち、注文したり買ったりしたという歴史があります。
だからイランのペルシャ絨毯と、現在絨毯を作っている国々ではルーツが大きく異なるのです。

いいものを自分のために織った。これがペルシャ絨毯の始まりです。

歴史的に王様が、友好の証として他国に差し上げることはありました。
同じように日本でも、奈良時代やその後の祇園祭のために、ペルシャ絨毯が贈られました。

日本国内のペルシャ絨毯の歴史はどのくらいですか?

ペルシャ絨毯の歴史は長いですが、ペルシャ絨毯が日本のマーケットに入ったのはそんなに昔の話ではありません。私が思うに50~70年ぐらい前から。戦後です。
しかし、国内に流通すると見事なスピードで広がりを見せました。
これは日本人の好みや人間性と通じるポイントです。
とはいえ、残念ながらペルシャ絨毯のいいところや特徴をしっかりと知らない人が多めなことは確かです。


 

手織りで、細かくて、とてもいい物ですよね。

そうです。細かくていい物ですよ。さらには長持ちします。
ペルシャ絨毯は飾ってもいいですが、それだけではありません。実際に楽しんで使いながら永く愛用できるのです。着物と同じように世代を超えて代々受け継いでいくことができるもの。日本の方々はそのことをすぐに理解したと思います。日本の国民性に見事マッチングしました。

イランで織られている絨毯なのに、なぜペルシャ絨毯と呼ぶのですか?

もともとペルシャ民族の国だったので、芸術品や歴史があるものに関しては「ペルシャ」という名が残っていました。
いろいろな民族が入ってくる時代背景と文化背景もあり、「もうペルシャ人だけの国じゃないよね」と、イランという呼び方に変わっていったと思うんですよね。
イラン人は、自分の国のことを「イラン」と呼んでいました。でも、外国では「ペルシャ」という呼び方が長らく浸透していたので、1935年に「イラン」と統一することになりました。

なるほど。日本の方にはペルシャ絨毯がどこで織られているかを知らない方も多いと感じます。

そうですね。イランで織っている絨毯だと覚えていただきたいですね。
あと「手織りだけ」というのも、知られていない場合が多いですよね。
一般の日本人の方は、「手織り」というと日本の着物や帯のように作ると想像されていると思います。しかしながら、ペルシャ絨毯の作り方は「織る」というより「結ぶ」です。一つ一つの結び目を作って全体を仕上げていきますから、ペルシャ絨毯を作ることはとても難しいことです。

また、ペルシャ絨毯は二本の縦糸に結び糸を一列全て結んでまた横糸を二本通して固めて作ります。だから一本の結びが切れてもそこの一つしか取れず、他のところには何の影響もありません。それが絨毯の耐久性につながり、絨毯がずっと長持ちする要因の一つです。

制作時にかけた充分な時間が、絨毯の耐久性にも反映されているのですね。
だからこそ長く愛用されると。

あと手織りの絨毯は、通気性も優れているんですよ。
特に日本は湿度が高いので、通気性がよく夏の時期でも暑く感じないのがよいところです。
ウール製のものは保温性もあり、冬も暖か。シルク製絨毯もありますが、ウール製の絨毯は夏でも冬でも快適に過ごせるところがメリットです。


 

ウールとシルクの素材があるのですね。日本と海外では絨毯に対する認識は異なるのでしょうか?

シルクのイメージが強いのは、着物の影響もあると思います。これも日本の文化ですね。
ヨーロッパやアメリカでも一緒ですが、室内でも靴を履く文化ですから、ペルシャ絨毯はウールを好む方が多いですね。
また、ウールでもシルクでも、産地によって使っている柄と色が異なります。
プロの方だったら、絨毯の一部を見ただけですぐに分かります。

それは、糸に使う染料の材料が土地によって違うということですか?

それもありますが、工房によっても違いがあります。秘伝の染め技術があるのです。
「あそこの工房はブルーが綺麗」「こっちはグリーンが素晴らしい」「あそこは赤」などね。門外不出の技術で、それぞれに特徴があります。だからペルシャ絨毯は楽しい。

ペルシャ絨毯は楽しむものでしょうか?

そうですね。この楽しみを理解してもらいたいです。
毎日喜んで使えるものであり、見ながら楽しむことができるものです。
産地ごとに特徴がありますし、産地内でも各工房やブランドの独自の味わいが、すべて異なりますから。

もう一つとても大事なことは、どんなペルシャ絨毯も、この世界にその一枚だけということです。

ペルシャ絨毯の完成には、緻密なデザインと、繊細な手織り、そして長い時間を要します。柄のデザイナー、糸を染める専門家、自分の手で一つずつ結んで絨毯を作る職人さん。それらがすべて高いレベルで揃わないことには一枚を仕上げられないのです。


 

世界に一枚だけとは?

全く同じものは、一枚としてできません。どうしてかと言うと、例えば一枚の新しい絨毯を見て、もう一枚注文したとします。全部同じ織機で、同じ材料で、同じデザインで、同じ職人さんが揃ってやっていても、人間ですから気持ちと毎日手に入る力は、一年二年前とまったく一緒ではありません。
だから、全く同じ絨毯が生まれるのは不可能に近いのです。

版画ではないですものね。完全に一枚一枚織りあげていくものですから。

絵画も一緒ですよね。ダビンチに「モナリザをもう一枚描いてください」と言ってもやっぱり、別のものになってしまいますよね。
描きあげたときの完成品のテンションも違いますし、人の腕なのでどうしても多少は違いがありますよね。機械製じゃない。ボタンを押して作れるものではないですから。もう芸術作品ですね。
自分の好みで、この世界でたった一枚のあなただけの絨毯を、どうぞ見つけてください。

糸を染めるということですが、すべて染色しているのですか?

ウールでもシルクでも、染めなかったら色は決まっています。
ウールの場合、羊の毛の色だけなので、全面がベージュになってしまいます。

これは意外と知らない方が多いかもしれません。着色ではなくて、染めているのですね。

着物と一緒ではないでしょうか。着物も全部染めています。
自然由来の草木染で色をつけている糸や化学染料を使っているものもあります。今の時代でも、化学染料をまったく使わずに「草木染だけでやります」という工房もあります。

※草木染めとは草木を煮出してつくった染液に、綿やシルク、ウールなどの天然素材の糸や布を入れて染めること。

なるほど。「手織り」には「草木染」が良い響きだと感じる方が多いと思います。

それでもなお、草木染と化学染料を合わせるメリットはあるのでしょうか?
ペルシャ絨毯特有の緻密で優雅なデザインを、よりはっきり表現できると思います。
化学染料についてはさまざまな意見があるでしょう。でも色を作るのは想像以上に難しい工程です。
自分が求めている色を出すのは、染色の世界ではとても重要なテーマ。
例えば、草木染ではなかなか自分の求めている色が出ず、5回6回と何度も染め直すことも。
草木染は時間もコストもかかりますし、自然界のさまざまな色合いを草木染だけで表現するのは不可能です。どうしても表現できない色の世界があります。
そこで、その工房独自の伝統的な色合いや文化的背景を守るために、化学染料を活用することもあります。ペルシャ絨毯を芸術品として美しく彩るためには、化学染料のサポートも必要なのです。


 

独自の芸術が生まれるのは、その場所ごとの文化と歴史が背景にあるからでしょうか?

もちろん、その通りです。
ペルシャ絨毯に大きな影響を与えたのは、1501年に成立したサファヴィー朝時代です。
1580年代のころ、国内技術にとても興味を持った王様(シャー・アッバース)がいました。
ペルシャの国からあらゆる技術者を大切に支援していました。
「優れた技術のある人は集まってください。ちゃんとお金も出します」と、いろいろなものを発展させていきました。
ペルシャ絨毯もその時に急激に技術が上がり、国を代表する産業になりました。

まさに、イラン国内に技術革新が起きたのですね。

その時からカシャーンの染めは有名になりました。
今の絨毯業界にとって当時の王様、シャー・アッバースの影響は大きいと思います。
国を挙げて、絨毯だけでなくあらゆるものが発展しました。代表格は建築です。
多くの綺麗な建物が建てられ、タイルの技術も急激な成長を見せました。
シャー・アッバースは強かったので、イランの国も安定していた時代でした。
文化的なものを守って次に継承させ、さらに発展させていくのはいいことですね。
例えば、当時は建築文化が発達したので絨毯にも建築デザインの一部を組み込むこともありました。


 

建築からヒントを得たデザインがあるのですか?

例えば、ドームのデザインなどです。
デザインそのものや庭園デザインを絨毯のデザインに組み込むこともありました。
文化群との混ざりあいもあると思います。

イラン旅行をする観光客は、美しい宮殿やモスク、タイルなどを見るのがめあてのひとつ。
それらの文様も一つ一つ切り取られて絨毯のデザインになっているということですか?

デザインになっているものもたくさんあります。
ドーム天井文様、日本でアラベスク文様と呼ばれているエスリーミー文様など、これらがそのまま絨毯に表現されています。
よく見ていただくと、同じようなデザインを街の中で見ることができるかもしれません。
ペルシャ絨毯を見てからイラン旅行をするのもおすすめです。

私も絨毯を好きになってから、さまざまな場面で色柄に目がいくようになりました。
例えば映画です。特に洋画作品で室内の絨毯にまず目がいきます。

綺麗な絨毯にね。
何かに興味が湧くと、感覚がちょっと変わりますよね。今まで見てきたものがスタンダードじゃないというか。
例えば映画「ゴットファーザー2」の最初の方、ゴッドファーザーになる前の若い時の回想シーン。住居侵入をして、絨毯に絨毯を巻いて盗んで帰るところで「やっぱり歴史がある絨毯なので価値があるんだな」と妙に納得してしまいます。面白いシーンの一つです。

産地や歴史、文化というワードを聞くと自然と興味が湧いてきます。
文献などがいろいろと残っているのですね。深掘りする楽しさがありますね。

そうですね。京都ですと、ペルシャ絨毯で連想するのは、祇園祭の鉾や高台寺に保管されている秀吉の陣羽織が有名ですね。あとは、ミュージアムにも古い絨毯が展示されています。
みなさんには、歴史を感じる色やデザインをぜひ見て欲しいですね。
新しくできた絨毯ですと、やはりこの色はでません。
何百年経って、やっとこの色になっていくというものもありますからね。
使うだけではなく、見て楽しむことができるのも、ペルシャ絨毯が芸術品と称されるゆえんでしょう。

どのようなきっかけでもかまいません。
ぜひ日本のみなさんにはもっとペルシャ絨毯を好きになってもらいたいです。
心から、絨毯のある生活を楽しんで欲しいと思います。
インテリアをもっと好きになり、毎日のライフスタイルをもっと幸せに感じられるはずです。

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