職人体験記

一級いす張り技能士?すべての職人が一流の椅子張り専門工房「土屋椅子製作所」

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「土屋椅子製作所」工房訪問記

昔ながらの製法で作り上げる椅子からは職人の技術だけではなく想いも伝わってきます。
藁を使うなど、普段見ることのできない熟練した技術をぜひご覧ください!

工房の始まりと職人になろうと思ったきっかけ

ーーいつ頃から始められた工房なのでしょうか?

創業してから60年ほどになります。
僕で3代目ですが、工房を引き継いでからはまだ2年ほどです。

ーー今と昔で家具を作る工程などは変わってきているのでしょうか?

昔は椅子を作る工程で、座面を張る時、藁を使って枠組みに土手と呼ばれる囲いを作っていました。コスト、手間を考えると今は難しくなってきています。
現在は安価にするために、ウレタンを糊で固めたウレタンチップを使うなど、変わってきていますね。

ーー作る工程で、素材も全く違うものに変わっているのですね。それに並行して技術も変わっていくのですか?

全くの逆なんです。
昔の方が製作に手間がかかっています。現在は数をこなすためにどんどん簡素化していく傾向にあります。
今はウレタンなどを固定する時にタッカーを使って簡単に止められるようになりましたが、昔は金づちに磁石がついていて口の中にクギを入れ、口からクギの皿部分を出してそのまま打ち付けていました。
現在、昔ながらの工房はどんどん少なくなっていますね。

ーー工房を引き継いで職人になろうと思ったきっかけはあったのでしょうか?

僕は四人兄弟の末っ子。長男が建築、次男がクロス職人、三男が別注家具の職人をやっています。そして実家は家具屋を営んでいるという環境で育ったんですね。

ーーご実家から兄弟まで全てインテリアに携わる仕事をされているのですね!

上の兄弟は皆、職が決まって、僕が家業の家具屋を継ぐことになりそうだったんです。
ただそれがすごく嫌でした。

ーーなぜですか??

もともと手を使って作ることが好きだったので、「家具販売」を仕事にしようとはどうしても思えなかったんです。
それで父親に相談し、「絶対になくならないから」とこの椅子工房を紹介してもらい働くことになりました。

椅子張りの技術、「いす張り技能士」の資格の難しさ

ーー張り技術の習得は難しいものなのでしょうか?

「いす張り技能士」という資格を知っていますか?

ーーいえ、初めて聞きました。「いす張り技能士」という資格があるんですね!

「いす張り技能士」とは、国家資格で家具製作技能士のひとつです。
二級、一級とあり実地試験を受けて資格を取ります。一級はとても難しく、7年以上の実務経験者、または二級合格後2年以上の実務経験を経て受検できる資格です。ですが、ここにいる職人は皆一級を持っています。

資格を獲得する際の課題でスツール製作があります。このスツールは、その実地試験の時に僕が作った作品です。

ーーこのスツールの張りが試験課題という事ですね。やはり難しいのでしょうか?

難しいですね。
ポイントはどこかわかりますか?

ーー張りの強さ?釘の使い方?全然わかりません。

まずは格子を左右対称に張ることがポイントになります。
無地だったら簡単で気にする必要はありませんが、一部分だけを引っ張りすぎてしまうと柄がずれてしまいます。

ーー確かに格子柄だと対称にならなければ綺麗に見えませんね。そのポイントが難しいと思いもしませんでした。他にも難しい部分はあるのでしょうか?

横から見ていただくとわかるのですが、若干テーパードになっているんです。
このテーパードを綺麗に出すのが難しいです。
この工程を全て手縫いで5時間で行うのが実地試験です。

ーーこのような技術を持つ職人さんに依頼されるお客様は、安心してお任せできるでしょうね。

技術がなければお客様に満足いただけるものを提供できませんから。
もともと神戸の洋家具というのは同じものをたくさん作るのではなく、洋館や大邸宅に合う家具を一点一点別注で製作していく文化でした。
そのなかでそれぞれの椅子に合わせて張るという技術が求められてきたのだと思います。
今でも昔と同じく普段からスプリングや藁土手を使った椅子張りを行っているので、
古い家具なら古い家具の、新しい家具なら新しい家具にあった技法や材料を用いて椅子張りをしています。
そのおかげで、他のところではできないような文化財などの古い椅子からホテルや大学の椅子まで、様々な椅子の張り替えや修理の相談を頻繁に受けますね。

コロナウイルス流行から現状をどうやって変えていくか

ーー世の中ではコロナウイルスの流行などで、家具業界も大変な現状だと思います。現状を打開するために考えていらっしゃることはありますか?

何かをしようとする気持ちもとても大事なことだと思うのですが、こういう時こそ我慢が大事だと思うんです。

ーー今は我慢ということでしょうか?

そうです。
何かをすることは失敗のリスクも当然ありますから。
「リスクを恐れていたら何もできない」と思う方もいらっしゃるでしょうが、私は、我慢して我慢して今やっていることを頑張っていくことが一番だと思っています。

機械には絶対に出せない味とは?手仕事の雰囲気や想い

ーー手作業で作るものと機械で作る物の違いはなんでしょうか?

「機械の100%にはない90%の味」ですね。

ーー「90%の味」とはどういうことでしょうか?

基本的に全て手仕事ですから、100%の仕上がりというのがないんです。
ただ手仕事で作られる物は90%でも味が出ます。
それは機械では絶対出せない手仕事の雰囲気やその職人の想いが込められているからだと思うのです。
もちろん100%に近づけるように仕事はします。100%に近づけながら、良いものを早く、綺麗にお客様に提供するためには、やはり技術がしっかりしていなければできません。

ーー100%に近づけながら、手仕事ならではの雰囲気を出すことは技術がなければできませんね。お客様に満足してもらうにはとても大事ですね。

本当にそうです。
僕らからみたら月に何十脚と張り替えをしているうちの一脚の椅子ですが、お客様からみたら「特別な一脚」です。
お客様に喜んでもらえるよう、疎かな仕事はできません。
見た目の仕上がりだけではなく、中の詰め物やスプリングに至るまで、お客様が見えない部分にも強いこだわりを持っています。
一脚ごとの椅子と向き合うたび、スキルの向上を感じます。常に成長です。

ーーその一脚一脚にしっかりと想いを込めて作業して、お客様に届けたいという気持ちですね。

一脚だけを張ることは誰にでもできます。初心者でもタッカーを使えば張れてしまいます。
ただ、10脚を全く同じように張れないとダメなんですね。引っ張り加減や柄の見え方に注意し、ずれないように張るには熟練した技術が必要なんです。

ーー椅子張りの工房として、作りのこだわりを教えていただけますか?

藁や馬の毛を使った昔からの技術を残して製作しているところです。現在はやめてしまった工房も多いのですが。
藁も今は普通に椅子張り用として売っていないので、淡路島の農家から直接仕入れをして椅子張りに使えるように加工しています。
ウレタンだけで張るよりもきちんと椅子の形を出すことができ、長く使っても形崩れしないというメリットがあります。

ーー藁と馬の毛を使う違いはあるのでしょうか?

藁は日本の文化、馬の毛はヨーロッパの文化ですね。
米文化の日本では、洋家具が入ってきた時に馬の毛ではなく藁を使うことを考え、それが伝統になっていきました。
今、工房で藁を使いソファの座面を作っているのでぜひ見てください。

「土屋椅子製作所」の工房をご紹介

ーーそれでは工房の紹介お願いします。

ここは椅子やソファの張地となる生地の縫製作業を行う場所です。

次にこちらは実際に張りをする場所ですね。

ーーこれが藁を使って土手を作っていく作業ですね。初めて見ました。今はソファですが、ここで椅子の張りもされるのですか?

そうですね。作業場が限られているので一脚一脚ていねいに作っていきます。

すぐ隣はウレタン を張り直しているところです。

ーー藁とウレタンでは確かに全然違いますね。

職人さんによって作業する場所を分けているのには理由があるのでしょうか?

場所はひとりずつあえて分けています。
なるべく効率よく作業を進められるように考えた工房の作りです。

記事を読んでくださる読者の方へ一言

ーー最後に記事を読んでくださった読者の方へ一言お願いします。

僕は職人18年ほどです。
職人を始めて5〜6年ほど経った時に、当時の番頭さんの横について修行していたんです。
その番頭さんが「職人50年になるけども、毎日勉強や」とおっしゃって。それを聞いた時に「ナメとったな」と思いました。
ですから今も「毎日が勉強だ」という気持ちを忘れずに、ちゃんと意識を持ってできるだけ100点に近いものを作っていけるようにしたいと思っています。
※番頭:店のことを取りしきる人のこと。

ありがとうございました!

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